岡山県真庭市にある「Innovation Commons 修徳館」。株式会社「まちと学びのイノベーション研究所」が運営するこちらの施設では、コワーキングスペースやテレワークブースなどの働く人々の場所を提供すると同時に、図書館やイベントスペースなどの学びの場所を地域の人々に開いています。今回は代表取締役の岡野さんに、図書館のシステムとしてのカシカンとの出会いや、地域の人々との関わりを生むコミュニティ作りについてお話を聞きました。
「Innovation Commons 修徳館」の概要
鵜飼
「まちと学びのイノベーション研究所」ですが、
こちら岡山県にあるんですね。
岡野
はい、真庭市にあります。
岡山県の一番北部の自治体で、県の中で一番面積が広くて、
面積が東京23区の約1.3倍なんですよ。
そのうち80%が森林で、
現在、約4万人が暮らしている自治体ですね。
鵜飼
ちょっと大枠からお聞きしたいんですけれども、
「まちと学びのイノベーション研究所」という会社があり、
その中に、「Innovation Commons 修徳館」
(以下「修徳館」)があるんですか?
岡野
「まちと学びのイノベーション研究所」が株式会社ですね。
修徳館というのは施設でして、
「デジタル田園都市構想」という国の政策があり、
その交付金事業によって作られました。
コワーキングスペースやテレワークブース、
地域住民のための交流スペースがあり、
また2階は企業向けのレンタルオフィスになっています。
その施設運営も含めて、
私たちの会社の所在施設となっています。
鵜飼
ああ、なるほど。建物自体が修徳館という施設なんですね。
カシカンの導入について
岡野
町の中にないものを作ろうということで、
施設内に図書館を設置しました。
というのも、メンバーには大学教員が多く、
みんな本をたくさん所有していまして。
特に綺麗で、現在の業務に近い内容の本を
大体合計1500冊程度選んでいます。
ちなみに「まちライブラリー」ってご存知ですか?
鵜飼
聞いたことありますね。
※まちライブラリー
一般社団法人まちライブラリーによる、
「本」を通じて「人」と出会うまちの図書館活動。
個人や小規模団体が様々な場所の一角に本棚を設置し、
「まちライブラリー」として登録して、
本の貸し借りなどが行える。
岡野
「まちライブラリー」にも参加して、
地域の方たちとの読書会や、
テーマに沿った勉強会なども開催しています。
鵜飼
なるほど。皆さんが本を持ち寄って図書館にしたんですね。
岡野
そうなんです。
市民の方から受け入れるという形式もあると思うんですが、
うちの会社がやっている仕事というのが、
データの分析・活用や、デジタル技術を使っての
スマートシティの基盤作りといったことなので、
いわゆる普通の公共図書館とは少し違った
個性ある専門書を揃えて、
そういった本に関心を持つ人が集まる場にしたい
という狙いもあります。
鵜飼
それは面白いですね。
一つのテーマに沿って利用してもらう図書館というのは、
小規模図書館ならではの魅力だと感じます。
岡野
そうですね。
本の追加も、公共図書館のように新刊を入れるのではなく、
先生たちが購入した専門書を譲り受けています。
先生たちは本の置き場にも困りませんし、
いい循環になっていますね。
鵜飼
最初にカシカンを見つけたのは、
Webで何かサービスを検索したときですか?
岡野
図書を貸し出しする際に、
システムを入れると大変だなあと思っていたんです。
そうすると、ある読書会をしているとき、
「本をまとめるのに苦労している」という話をしたら、
そのメンバーの一人が「こんなサービスがありますよ」
と教えてくれたんです。
鵜飼
ありがたいですね!
岡野
実際に使ってみると、本の登録などの作業が本当に簡単で、
夏休みに帰省の大学生にアルバイトでお願いしたら、
3日くらいで1500冊登録できました。
鵜飼
え、3日で?
岡野
「簡単なアルバイトで、こんなに給料もらっていいのかな」
って学生さんも驚くほどでした。
鵜飼
嬉しい驚きですね。
多くのサービスがあるなかで、
カシカンでは手軽さやシンプルさを意識しているので、
それが伝わったのはありがたいです。
地域の若者の課題にも応える居場所づくり
鵜飼
お話を聞いていると、修徳館の利用者の方のメインは
若い方や新しくビジネスを始めた方が多いのかな
と思っているのですが、基本的にはそういう方々ですか?
岡野
そうですね。
大きくふたつのパターンがありまして、
ひとつは地域の学生ですね。
真庭市に大学はないのですが高校は2校ありまして、
高校生に開放して受験勉強などに利用してもらっています。
勉強の合間に自分の関心のある学部に関係している
図書を読んだりもされていますね。
もうひとつはおっしゃるように社会人の方で、
ビジネスやセミナーの利用で来館され、
関心のある本を手に取ったり借りていったりしています。
鵜飼
実際に本を借りる方は、やはり社会人の方が多いですか?
岡野
社会人が主ですね。高校生はほとんど館内閲覧です。
ただ、受験の際に志望理由書の参考資料として
DX関連書籍を借りる、
といった感じのことありましたね。
鵜飼
そういうのも面白いですね。
私は京都に住んでいますが、
学生が勉強する場所がないとよく聞くんですよ。
岡野
はい、それは本当に地域の課題だと思っていまして。
国の交付金事業でリノベーションしましたので、
修徳館の半分は公設民営の面もあり、
ただのビジネス目的だけでなく、
地域において若者が勉強する場所が足りていないのが
課題だと聞いていたもんですから、
公共図書館だと午後7時までですが、
修徳館は午後9時まで開館しています。
鵜飼
おお。遅くまで開いているのはありがたいですね。
岡野
高校生は図書館が終わったらこちらに移動して
勉強をしたりもしています。
最近では隣町の小学生も来たりしていて、
次第に地域に定着してきたと感じています。
鵜飼
一般の図書館って、静かにしなくちゃいけないという
イメージがありますが、修徳館はどういう雰囲気ですか?
岡野
基本的には皆さん勉強しているので静かです。
ただ、教え合うっていう良い文化がありまして。
小声でみんなが話したり、
もっとやりとりが必要になったりすると会議室に移ったりと、
場所を使い分けて活用してもらっています。
若者が勉強をしている姿を地域の市民が見ることで、
地域社会にも自然になじんできていますね。
鵜飼
なるほど、いい話ですね。
岡野
若者の流出という問題も大きいですが、
学生たちにとっても、ここで勉強したという記憶や
思い出があるといいなと思います。
私たちの会社もまだベンチャーですが、
ここで過ごした若者がいつか戻ってきて、
ここで働きたいと感じてもらえる場になれば嬉しいです。
鵜飼
なるほど。
岡野
私はもともと大学の職員として働いていたので、
学生との接点は多かったんです。
だからこそ、リアルな場所としての大学の価値って、
魅力がないと求心力を持ち得ないのかなとも思っています。
地域もそれと全く同じことが言える気がしています。
鵜飼
いや、そうですね。
岡野
ただ、仕事があるとか遊べる場所があるとか、
刺激があるとか言っても、そういうものは意外と
どこに行っても最終的には飽きてしまいますよね。
そう考えると、収入を確保して、
自分や仲間たちのリソースをうまく混ぜこぜにして
イノベーションを起こすことが、これから若い人たちが
身につけるべきスキルや能力になってくるんじゃないか
と思っています。
鵜飼
なるほど。すごく身にしみる話です。
本と場所をきっかけとした人々との繋がり
鵜飼
カシカンは図書館のシステムとして使用されていますが、
それとは別に読書会などの企画もされているんですね。
岡野
「まちライブラリー」に参加していたときに、
それを題材にゼミを開始したんですよ。
本をテーマに読書会や輪読、オフ会などをして、
その中で全国のさまざまな活動をしている人と
繋がりができたんです。
鵜飼
なるほど。
読書会とか読み合わせというのは
何かイベントを立ち上げて開催したんですか?
岡野
もう本当に自由な「この指とまれ」という感じです。
この本について読書会をやるので参加しませんか?
という形で。
たとえば先日は女性の健康支援・就業支援セミナーを
やったんですが、その参加者が2人くらいいて、
その中で次に読書会に参加したい方を募る感じです。
鵜飼
一つ一つのイベントが繋がっていくいい流れですね。
岡野
そういう参加者と話をしていると、
自然と「ああしたらいい、こうしたらいい」といった
具体的な提案も出てきますし。
それから、行政がなかなか聞けないような
リアルな現実とも向き合うことができます。
ウェブのアンケートや定量的なデータ分析ばかりだと、
そうしたリアルな声が届きにくいので、
その中間的な役割も担っています。
鵜飼
その場所にいる人たちに紹介してもらった本を
手に取ってさらに関係を深めるっていうのは、
実はすごく面白いことをしているんじゃないかと感じますね。
岡野
そうですね。空間づくりとか人づくりは難しいですけど、
ただ置いてあるだけ、黙っているだけでは
そのままになってしまうので、
それを活用するシーンをいかに作るのかが
自分たちの仕事かなと感じています。
私はいま修徳館という場所を預かり運営する立場なので、
それを最大限に使うためのシステムとして、
カシカンというのはやはり最適なツールの一つですね。
人や世代それぞれがもつ媒体を活かす
岡野
人それぞれ何らかの媒体があり、
その媒体をきっかけに別の人と関わって、
そこで新しい価値観を見つけていく。
私にとってはそれが本ですが、
色んな形でこの施設の中で実践していきたいです。
その一つとして今、eスポーツクラブを
立ち上げています。
鵜飼
eスポーツの取り組みはHPですこし拝見しました。
面白いですね。
岡野
ゲーミングPCを5台用意して、
主に小学生向けに開催しているんです。
ただゲームをするだけではなく、
例えば「マインクラフト」で街づくりのアイデアを出したり、
簡単なプログラミングを学んだりして、
スキルの高い人を育てたいなと考えています。
鵜飼
小学生が多いんですね。すこし意外でした。
岡野
小学生たちが「マインクラフト」を使って
自分たちの考えた街とかインフラを作り、
それを発表する場が持てたらいいなと考えています。
子どもたちのアイデアを街づくりに活かせるような
やり取りができたらいいな、と。
鵜飼
私は最近、遊びって何だろうと考えていたのですが、
子どもたちが「マインクラフト」で遊ぶことも、
山に入って虫や花を探すことも、
どちらも同じ遊びであり学びなんだろうなと。
大人になるとどうしても頭でっかちになって、
「学び」を意識しすぎるんですけど、そんなこと関係なく、
子どもたちは遊ぶなかで自然と学んでいるんだと思います。
岡野
そうですね。
やっぱり楽しくないと
なかなか深掘りしていかないですよね。
鵜飼
これ定期的に集まって皆でやっているって感じですかね。
岡野
月に二回、土曜日の午後ですね。
地域のeスポーツクラブを持っている企業さんとか、
eスポーツのプロプレイヤーのマウスパッドを制作している
企業さんなど、専門の方々に手伝ってもらいながら、
ああでもないこうでもないと進めています。
最近だと市の教育委員会にスポーツ協会の中に
入れてもらったんですよ。
鵜飼
なるほど。
これは媒体としてさまざまな人と繋がるいい例ですね。
確かに、eスポーツって場所も問わないから、
自然が豊かな環境の方が健康面でも強みがある。
岡野
これからのデジタル化の時代に、
都会や田舎という空間制約を超えるのは、
やはりバーチャルなデジタル空間しかないと思っています。
鵜飼
確かに、その通りですね。
岡野
今後色々なチャレンジをする人が出てきて、
新しいビジネスも生まれるでしょうし、
そうしたチャレンジをこういう田舎からも
発信していきたいなという想いは強いですね。
鵜飼
「チャレンジを応援する」というのはいいですね。
岡野
田舎の子たちは知らず知らずのうちに、
都会に対してメンタルブロックを作ってしまうんです。
例えば地下鉄が日常にない地域で育つと、
都会は広くて迷ってしまうんじゃないか、みたいな。
慣れの問題であって本当は大した問題ではないんですけど、
それがなかなかわからなくて怖くなるんです。
そういう壁を低くすることも大事で、
私たちのようなデジタル関連の事業者が
きっかけ作りをしていきたいと思っています。
「メンタルブロックなんか作らなくていいよ」
って伝えたいですね。
鵜飼
それ非常に大事なポイントですね。
同時に「それを言ってくれる人がどこにいるのか」が、
すごく大きいと思います。
関係人口を生み出す居場所としての展望
鵜飼
今後の展望というか、課題としているのは
やっぱりコミュニケーションする場所や、
コミュニティを広げていくというところですかね。
岡野
そうですね。
コミュニティの中で地域社会にきちっと
ポジションを作っていくことは大事だと思います。
できるだけ色んな方たちがクロスするような場づくりとか、
「私もこんなことやってみたい」という人が
一人でも二人でも生まれるような取り組みですね。
課題というよりは、計画の中のマイルストーンみたいな感じですね。
鵜飼
なるほど。
岡野
この場所にどんな人たちが集まるかも重要ですし、
運営に魅力もないといけないというのもあって。
表面的には今気楽にしていますけど、
決して楽なものではないです。
鵜飼
たしかにそれは見えづらいけれども大変そうですね。
岡野
今の日本では、大都市への一極集中が変わらないままで、
地方創生もうまくいっていないように言いますけど、
それって「本当に見ていますか?」とも思うんですよね。
規模は小さいかもしれないけど、
小さな成功というのは確かにたくさんあるんじゃないかと。
鵜飼
うん、なるほど。
岡野
山崎亮さんが「コミュニティデザイン」と言い始めた頃から、
そういう小さな成功例っていっぱいあるんですよね。
でもそれが経済的にスケールしないから評価されない。
でも経済的に豊かになれば本当に幸せかというと、
決してそうでもない。
そういう面では
「その二つを分けて考える必要があるんじゃないですか」
と言いたいですね。
そういう挑戦はしていきたいと思っています。
鵜飼
小さい成功って運営する側には実感のあるものですよね。
ただ、それをどう伝えるかが難しいのはわかります。
岡野
ソーシャルなことは「その程度でいい」
みたいな風潮が政策側にもあります。
なので、ソーシャルイノベーションで突破する人が、
日本の風土だと生まれにくくなっている。
「よくできました」みたいな、
ほどほどの評価で終わってしまうことが多いと思います。
鵜飼
コミュニティへの評価というのが数値化しづらく、
実感以外での分かりづらさがあるのかもしれませんね。
岡野
でも今は世界が狭まったので、
グローバルな視点から発展していくしかないのかな、
という風には思っています。
今、本当にまさに入れているデータ連携基盤というのも、
元々はエストニアで開発されたものを
日本版に改良し直したものなんです。
他にもマニラの行政の仕組みや市民サービスの構築など、
どんどん押し出しているんですけども、
そのなかでさらにインフラに関わっていき、
エネルギーの問題とかにも踏み込んでいます。
鵜飼
はい。
岡野
エネルギーの問題って大きい課題になると思うんですけど、
色んな電力会社とかその系列会社の間には
岩盤の規制があるじゃないですか。
そのなかで、例えば木質バイオマス発電とか
カーボンニュートラルを絡めた再生可能エネルギーを
どんどん押し出しているんです。
ただ、政府は表面上「やる」と言いつつ、
基本的には絶対スケールさせない、という状況がある。
鵜飼
なるほど。
岡野
それを打ち破りたいなって強く思っているんですよ。
そうすると、地方の財政力に合わせて規模を小さくして、
そこで発電した電気を送電線で自宅まで確保できれば
非常にコストを安く住むことができるじゃないですか。
インフラコストが安ければ
「あそこに住んでもいいんじゃないか」
という流れになるんですよね。
鵜飼
はい、なるほどなあ。面白いですね。
岡野
実際にそれを実証して見せなきゃいけないですし、
こういう制度に慣れきっている人ほど
「そんなことできない」って否定するんですけど、
そう言っていると何もできないですよね。
日本人ってみんないい子だから、
年取ってから悪い子になってもいいんじゃないかな
とも思います。
鵜飼
正しい「やんちゃ」になるみたいな(笑)
岡野
そうそう。
それくらいじゃないと何も変わらないと思います。
何かこう、譲らない気持ちが必要かなと。
鵜飼
いいですね。
あっと言う間の時間でしたが、
興味深いトピックがたくさん聞けて嬉しいです。
改めてありがとうございました。
今回は岡野さんに修徳館の興味深い様々な取り組みや、地域コミュニティが抱える課題について貴重なお話をいただきました。特に、人と人とをつなげる「媒体」のお話では大いに共感する場面が多くあり、居場所や共生のあり方が問われている現代において、本やPCソフトなどの媒体を通じていかに人との繋がりや豊かな関係を生み出していけるか、改めて考えるきっかけとなりました。また、カシカンが持つ「本や物を共有する」という価値へのご理解もいただき、大変ありがたく思っています。